手嶋龍一「スギハラ・ダラー」新潮社
ポーランド系ユダヤ人少年のアンドレイ・フリスクという少年がシベリア鉄道経由でウラジオストックから舞鶴港を経由で神戸に到着。その後横浜を経てシカゴに。
シカゴ先物市場の黒幕たるレオ・メラメド氏がモデルと目される人物だが、雑誌ではラムズフェルド元国務長官に紹介されたときに手嶋龍一氏に「ブラックマンデーでも市場を閉めなかったのは自由主義の象徴だからだ。かってスターリン共産主義とヒトラー国家社会主義という全体主義の狭間で殺されかけた、私もスギハラ・サバイバルの一員だからだ」と答えたそうだ。
スギハラというのは杉原千畝というリトアニア領事館の頃に日本外務省の命に反して6000人のユダヤ人難民にビザを発行して戦後にイスラエルから表彰された失意の外交官。
アンドレイ少年と同じくユダヤ人少女と日本の少年(その後大阪の相場師に)の三人との友情がこの小説の軸となっている。
戦後の神戸には異人館通りなどに白系ロシア人がいたものだがユダヤ系も多かったのだろう。白系ロシア人というのは赤色でないという意味で、ソビエト革命政府から敵視される元貴族や富豪や高級役人が多かった。 いかにも目を惹く高貴そうな風貌とか態度とは別にどこか悲しげだった。神戸にモロゾフなどの菓子メーカーやピロシキなどはその系列だ。
同じように中国からも革命で追われた華僑が中華同文学校などに師弟を入れていた。同級生にもその系列の華僑がいたが、どこか大人びた雰囲気だった。 同じ中華街でも横浜とは成り立ちが違う。
神戸の北野町や三宮は懐かしい印象だ。
物語はスターリン暴落、ブラックマンデー、911、リーマン・ショックなどの虚実ないまぜたような密度の濃い展開で少々疲れるかも知れない。
経済と諜報と全体主義と神戸に興味のない人には(たぶん多くの人にとっては)あまり面白くないかも知れない。