2011年10月22日土曜日

クラブ オン ザ パーク

今日はクルーザーに乗る予定だったが、ヤマハに確認すると波はないが雨がきつい。出航は可能だが雨では楽しめない。漁船じゃないんだから。

近くのパークハイアット東京に行く。

朝から行ったのに疲れて眠ってしまい夕方に。 ここは男性側だけで側に三つも休憩室がある。 都庁側の窓に面した部屋、暗い部屋、リビングのような休憩室。明るい部屋ほど人気がある。ここは適度な客がいてマシンに力が入る。六本木ヒルズレジデンスは土日は混雑しすぎだが、リッツカールトンは広い敷地に私一人のときも何度かあった。 隣で走る人がいないとすぐ止めてしまう。

プールとマシンが47階で天井から空が見える。広い風呂とサウナが三室もある浴場が45階。ここに更衣室と休憩室とエステがある。
新聞や雑誌を読んでると眠ってしまい、寝汗をかいてシャワーとかしてると夕方だった。 
出ると雨はやんでいた。自宅は新宿中央公園を挟んだ向かい側。

帰宅するとポストに思いもよらない郵便物があった。




2011年10月13日木曜日

FCCJ他

 私らしくもない忙しい日だった。
午前中はFCCJ 日本外国特派員協会の入会手続きで有楽町に。
結構審査の厳しくて職歴とか会員二人の推薦が必要。古いビルの古い施設だが、歴史の重みが感じられる。場所は一等地でレストランからの景観もいい。

時間があって、アメ横と秋葉の私の店に。 富士の3Dを届けに行く。 ソニービル経由で会社に。空き事務所スペースを探しに。増床だが東京のオフィス事情は厳しくてビル管理会社も愛想がいい。

夕方は元国税庁OBだらけの税理士事務所のセミナー。 いわゆる税理士の二階建てを目指したエヌエムシイ税理士法人で、私の会社はここと顧問契約している。 「デジタルデータはどこまで追跡されるのか」で、元東京国税局調査部の情報技術専門官の講義。

電子化しただけでむしろ税務当局に有利な状況ともいえるそうだ。頭が痛くなる。 ビルの地下に焼き立てパン屋があって、なんでパン屋のバイトの女の子は可愛いのだろうね。 こっちの方がいい。元国税調査官とはいえ愛想はいいけど眼つきが怖い。

2011年10月7日金曜日

ホスピタリティ

 一昨日は伊勢丹メンズのライカから手書きで撮影セミナーの案内。こんな講習費で儲かるわけもなく、ブランド維持と次につなげるのだろう。

昨日は明治神宮会館(信濃町駅の明治記念館とちがう神宮の奥にある古い劇場)で東京都赤十字社の大会での寄付金の表彰式。紀子さんがあいさつ。こんな退屈な儀式は大変だろうな、雅子さんが切れるのもわかる。



今日はリッツカールトンのタワーズグリル。片側が見えず東京タワーは20時からピンクになった。 角の最上席に案内される。前々日からの予約で調べたのだろうが、電話口でフルネームで「いつもお世話になって」のデータベースがいい。 食事はじまってしばらくすると懐かしい顔が。「福富さん元気ですか」「あハンス!こっちに転勤か?」「いえ福富さんはVIPなので連絡がありましたので来ました。今も同じです」「レジデンスはどう?福島で逃げた居住者いるんじゃないか」「いいえ、稼働率は地震の後もこう伸びてるんですよ」「いいね」「腎臓はどうですか。ご両親は健康ですか」
どこまで記憶かデータベースなのかわからないのがいいのだろうね。 

ハンスさんはもう3年か4年以上前に私が住んでいたパークレジデンシィズでのマネージャー。

2011年9月24日土曜日

山王病院

先週は腹水が貯まるので利尿剤をもらって楽になった。その原因が肝臓でさらに酒なのだが。。
「来週また」若い医者に言われて「上海なんですが」 「え・・それじゃ心配だから土曜に来て」


今日は血液検査のあとで消化器内科へ。土曜の午後はさすがに空いている。ほぼ飲まなかったのなんとかで数値は改善している。「では再来週に、紹興酒はやめましょう」 「はあ」

売店で買った「サンデー毎日」で、東電の清水前社長が購買したタワーマンションの抵当権を地震後の4月に抜いている。一億円をどう手配したのか? 入院中だった時期だろ。

青山通りの赤坂側の43階建て2009年6月に新築・・・この近くじゃないか。もしかしたら、パークコート赤坂ザ・タワーじゃないか! 暑い日だったから新築から数ヵ月後に見に行った物件だ。
http://www.31sumai.com/mfr/A7014?banner_id=g401&cid=listing
周りは広い庭で、何方向の出口がある。 広いロビー、ラウンジ、スカイラウンジ、屋上にウッドデッキ、地形を利用した半地下の車寄せ・・

明日から上海から杭州。地震のない地にはこれぐらいタワーマンションじゃないだろうが。

2011年8月15日月曜日

名古屋

先週末から名古屋に。
ある趣味のコンベンションだが、それを仕事にしている人もいる。
なつかしい再会も、
カズ片山、ヒロサカイ、安田悠二、ボナ植木、ふじいあきら、藤本明義、セロ
目的はもうひとつ、自分の会社の懇親会での出演の打ち合わせ。

成長している国と成熟した国の違いを思い知らされた。

2011年7月31日日曜日

香港・マカオ

先週は香港で暑さに疲れた。
初日が香港島の金融中心にあるプライベートバンクのUBS香港支店に。規制の多い日本向けに日本チームといっても日本人は少ないが。ブッキングセンターはスイスとシンガポールと香港にしかないだけに対日本の富裕層むけの中心。
歩いて監査法人のKPMG香港支店に。説明はあずさ監査法人大阪支店からの出向。こちらの資格はないので署名はできないそうだ。弊社と同じく経歴から推測だがエンロン事件で青山からあずさのようだ。 
その後はトリム(路面電車)に乗って北角市場とかシティスーパー(西武百貨店の撤退に残った社員が地元資本との合弁の高級スーパー)など。
泊まっているのペニンシュラホテルの内部ツァー。これが一番よかった。 SARS(鳥インフルエンザ)で観光客がゼロの時もホテルマンが給与を返上したという。福島問題での日比谷でもそうらしい。 さすがに公開しないオーナー企業らしく、ロールスロイスやミニなどの社有車?オーナー車?の経費も使用も適当で、スィート客に貸したりしている。どちらもBMW買収以前の英国車だし。
ツアーでは厨房もなによりも最上階にあるオーナー専用室まで案内してくれた。古い航空機の内部を模したラウンジだが、飛行艇の模型や写真があり、出口とあるドアからヘリポートに。そこに社用機なのかオーナー機なのかヘリがある。  レオナルド・ディカプリオ「アビエーター」のハワード・ヒューズのあの時代。
午後の茶は日比谷で飲むよりいい。
スィートから海峡を望む窓には三脚の望遠鏡がある。日比谷のスィートからは皇居と宮内庁の望む窓に同じ三脚の望遠鏡がある。




二日目は客家(ハッカ)の鄧氏一族の霊廟。 1350年というからモンゴル軍の中原制圧に追われて香港郊外まで逃げたのだろうか。 平家落ち武者か西部の白人のような、未開の地での誇りと都落ちのアンビバレンツな生き方が教育と団結に向かったのだろうか。
香港国際空港を改めて視察。到着口の数百メートルに市内向けの列車が止まり、市内中心駅からチェックインができる。
マカオに。ラスベガスほど密集してないがカジノホテルの巨大さは同じ。とりわけ最新のギャラクシーは斬新。カジノにしてはとても明るい。ポルトガル風の広場や教会跡など香港とは雰囲気も違う。なにより戦争被害がないので古いのが残っている。

三日目は香港ディズニーランドだがあまりに小さく退屈。 香港と違って中国本土が多すぎ。 ゴミ箱はあふれて不潔。 よく香港人はSARSの影響を話すが「あれから清潔になった」 そのせいもあるだろうか。 街なかよりもディズニーが不潔。

2011年7月17日日曜日

充電器

せっかくの機会にカメラの電池が切れた。
リコーのGRは単四電池2本で数十枚撮れるので便利だった。同じメーカーのカメラでも互換性がないのが腹立たしい。
スマーフォンもiPadもすぐに電池がなくなる。
EVの普及に障害になるのは充電時間の長さだろう。
部屋には充電器とACアダプターだらけになり、整理するのも大変だ。

とにかく電池こそもっとも進化のない部位だろう。

写真はミッドタウンレジデンスの中層階から。